心臓を射抜く距離




女子高生って、意外と忙しい。雑誌と、メイクと、かっこいい芸能人と、可愛いアイドルと、流行りの歌と、大して面白くないドラマと、最近できたおしゃれなカフェ。季節なんかよりよっぽど目まぐるしく移り変わる話題を全部網羅して、ラインの返事はすぐに返して、インスタに上げる写真を撮って、いいねは秒速。学校ではスマホは電源を切って鞄の中。そんな校則守ってる生徒は、ほとんどいない。移り変わる話題の中でも、ひときわ皆の関心を引くのは、いつだってひとつ。恋の話。サッカー部のあの人が、バスケ部のエースが、野球部の後輩ピッチャーが。そして、バレー部の黒尾くんが。女子高生たちの話の俎上に上げられているなんていざ知らず、黒尾は男子の中心でへらへらと笑っていた。
黒尾鉄朗は、高校に入ってから三年連続同じクラスだ。人当たりがよくて、ノリもいい。背が高くて、体格も良くて、顔も整っている。バレーをずっとやっていたらしく、運動神経も抜群だった。すぐにクラスの男子の中心にいるようになって、女子の話題の中心もすぐにかっさらっていった。女の子の誘いや告白も多いけれど、黒尾はいつもあっさりとそれらを躱す。バレーに集中したいから。理由はいつもそれだった。女の子慣れしていそうなのに、意外と硬派。そういうところも、彼の株を上げているようだった。

「いい加減、誰かと付き合えばいいのに」
「なーに、。付き合ってほしいって?」
「言ってない」

日誌にペンを走らせながら、黒尾が顔を上げてニヤリと笑う。ニヒルな笑い方が、これほど似合う高校生もなかなかいないだろう。そう思ってしまう自分に、ちょっとムカつく。三年間同じクラスながら、こうして日直が被るのは初めてだ。割と人見知りな方だけれど、流石に三年も同じクラスとなれば、逆に他のクラスメイトよりも黒尾の方が話しかけやすい部類に入ってしまう。黒尾は一年生の頃から何かと話しかけてくることが多くて、今では一番話しやすい男子だ。向こうは人見知りを発揮してビクビクしている姿を面白がっていたらしい。本当に、何かと腹の立つやつだ。

「黒尾は、誰かと付き合ったりしないの?」
「そうね〜、今のところは?今年は特に気合入れてっからな、うちのバレー部」
「三年だから?」
「それもあるけど……ま、面白いライバルが現れたってとこ」
「……ああ、めっちゃ綺麗なマネージャーさんがいるっていう、宮城の?」
「なんで知ってんの?」

黒尾たちが宮城の高校のバレー部と練習試合をしているのは知っている。いつもやっている関東の強豪を集めた合宿にも、参加していたという噂だ。そして、その高校にはとても清楚でクールな美人マネージャーがいた、というのも、試合を観に行ったらしい友人から聞いている。普段は明るい彼女が、女として絶対に勝てない、と意気消沈するくらい、そのマネージャーは綺麗だったそうだ。黒尾の後輩のバレー部員も、一瞬にして夢中になっていたようだったとか。そのくらいの噂は、すぐに回ってくる。

「黒尾はもう少し女子の話題の中心にいる自覚を持った方がいいと思います。でも、それでいうなら彼女は他校を選んだ方が正解かもね。噂になりにくいし」
「んー、他校ねぇ」

何気なく口にしたけれど、それはとても良い案に思えた。音駒の女子の中で黒尾の恋人が話題に上ったとしても、他校ならそれが直接彼女の耳に入ることはないだろう。それに、他校の彼女なら。黒尾と二人でいる姿を、この目に入れることもないはずだ。

は?付き合わねーの」
「残念ながら、誰かさんと違って色恋沙汰に縁がないもので」
「ふーん」

黒尾が何でもないふうに尋ねてくる問いにスラスラと答えながら、こっちが心臓をばくばく言わせていることなんて、彼は知らないだろう。知らなくていいし、気付かなくていい。知られたくない。いつの間にか、気さくに話しかけてくる目の前の男に惹かれてしまっていた、こんなありふれた恋心なんて。もし自分が、その宮城のバレー部のマネージャーくらい綺麗だったら。もし、クラスの中心になれるくらい明るくて話すのが上手かったら。もし、最初から、黒尾に釣り合うような女の子だったら。そんなもしもを、何度でも考える。

はさ、同じ学校で同じクラスがいんじゃね?結構人見知りデショ」
「そうだけど……」
「一年の頃とかビクビクしてたもんな!まあ、俺も人見知りな方だけど」
「嘘。全然見えない」

黒尾が人見知りなんて、全然想像がつかない。けれどそう言われてみれば、一年生のときの黒尾は今より感情の読めない目をしていたかもしれない。仮面を被るのが上手いのだ、と言われれば、それはそれで納得できる。妙なところで、ちょっとした親近感。そんなの感じたところで、意味なんてないのに。

「今なら表面上は上手くやれちゃうから。でも、一年のときのは、昔の俺みたいだった」

だからいつも気になって、ついついちょっかいかけちまう。黒尾はいつもみたいにへらへらと笑いながら、そんなことを口にする。その目は全然笑っていなくて、真っ直ぐにこちらを見据えている。

はさ、多分、真面目で誠実で話しやすくて、三年間同じクラスのやつと付き合うと上手くいくんじゃない?」
「何それ、そんなの……」

三年間同じクラスの男子生徒なんて、思い当たる人は、一人しかいない。その心当たりが、誠実で真面目かどうかは置いておいて。目の前にいる心当たりは、ニヤリと口角を上げる。反対に眉尻は下がって、それはいつもの彼らしくない、随分と弱気な笑みに見えた。

「いい加減、気付いてくれりゃあいいのに」

黒尾のごつごつした男の子の手が、指先を包む。心臓って、指先についているんだっけ。そんな馬鹿げたことを思うくらい、指先の感覚と熱と鼓動だけが伝わってくる。二人きりの教室に、ラインの通知音が鳴る。多分、友達のグループの会話。すぐに返さないと。女子高生って、意外と忙しいんだから。いつものちょっかいに、構ってる暇なんてないの。そう言って、この指先の熱を振り払ってしまえたらいいのに。何度も考えた、もしもの話。綺麗じゃなくて、人見知りで話が下手で、このままの自分でも、彼の隣に並べるのだろうか。期待して騒ぐちっぽけな心臓は、もうとっくに掴まれている。





(2018/12/26)