不意打ちの赤




15年、生まれ育ったのが雪国だったから、雪くらい珍しくもないけれど寒さには未だ慣れることがない。それでも、ここよりあたたかいところに住む人々よりは幾分感覚は麻痺しているのだろうが。唇から吐き出される息があっという間に白く濁る。マフラーに顔を埋め、ポケットに手を突っ込んで足早に通学路を歩く。前方に、よく知った姿を見つけて溜息を吐いた。

「なんで君もこんなとこにいるの、
「え!?月島!?」
「今何時だかわかってる?」
「その言葉そっくりそのまま打ち返すわ!!」

平日、午前10時。勿論、開校記念日とかその他諸々、学校が休みということは断じてない。そんな時間にその辺の道端で、制服を着た同級生に出会うという可能性は限りなくゼロに近いはずだった。しかし赤いマフラーを後ろで雑に結んだその姿はどう見ても、普段から見知ったクラスメイトのもので。

「仕方ないでしょ、こんだけ寒かったら布団からちょっと離れ難くてもさぁ」
「仕方なくはないかもしれなくもないけど全く同感かな!」
「どっちなの」
「二周回って仕方ない」

どうせ二人とも目覚まし時計のスヌーズを全て停止して、さらに何度目かわからない微睡みに落ちたらタイムリープしていたクチなのだ。だが、世間一般ではまともに会社や学校で仕事や学業に励んでいる人間が大多数らしい。道端に人通りは全くない。通学で踏み荒らされた雪道を急ぐでもなく歩きながら、他愛もない会話の応酬を繰り広げる。

「ところで知ってる?最近話題のカ・イ・ダ・ン」
「君が騒いでたドラマでしょ。見てないよ」
「そっちじゃなくて!あとそっちも見て!主演の俳優かっこいいから!じゃなくて、普通に怪談!怖い話!」
「怖い話苦手じゃなかったっけ?誰かさんは」
「私だって聞きたくて聞いたわけじゃないよ!」
「で、なんなの」

彼女が言うには、ひとりで道を歩いているとひやりとした感覚が首に触れ、振り向いても誰もいないのだという。

「そんだけ?くっだらない」
「でも怖くない?!誰もいないんだよ?!」
「そんなに怖いなら人通りの多い時間に登下校しなよ。馬鹿?」
「そうしてるよ、今日はたまたま布団がいつもより強引に引き留めてきただけで!」

でもうちのクラスのあの子やあの子も被害に遭ったらしいよ、と険しい表情で声を潜めて言う姿は滑稽としか言いようがない。月島が興味を示さなかったことに不満顔した彼女は、拗ねてしまったのか先ほどより歩調を早めて前を歩く。少し悪戯心が湧いて、ポケットに入れても一向に温かくならなかった手を、マフラーの隙間から覗く首筋へと押し当てた。

「っ!……つ、きしま?」

どうせ女らしさの欠片もない喉が潰れたみたいな悲鳴の一つでもあげるんだろうと思っていたら、声も出なかった。振り向いた顔が、徐々に赤くなっていく。予想していなかった反応に、動けなくなる。

「あ、あの……」
「なに」
「月島、顔、」
「うるさい」

感じる外気が先ほどより随分と冷たい。顔に熱が集まっていることは、言われなくてもわかってる。




(2015/5/24)