何度でも何度でも何度でも再生




シャッターを切る音がした。振り返れば、彼女がしてやったりという顔で笑っている。だから、してやられた、という表情で返してやった。満足そうなその笑顔を、瞼の裏に刻み込む。彼女の手元に増えていく写真と同じくらい、薄れることのない思い出として、彼女の記憶が増えていく。

立海大附属高等部の写真部には腕の良い女子部員がいる。は元々幽霊部員ばかりの写真部部長で、コンクールに出すような芸術性に富んだ写真を撮っているわけではないけれど、人の自然体な笑顔や美しい瞬間を切り取るのが得意な生徒だった。彼女はよく、柳や他のテニス部員の写真もカメラに収めていた。それはまあ、頻繁に。
人の気配に振り向くと、大体彼女がそこに立っている、というのは柳にとっては最早日常だった。なので、特に驚くこともない。逆に彼女は柳が振り向いたことに少し驚いた顔をする。その手元にはやはりカメラがあった。

「柳、写真撮っていい?」
「写真?何に使うんだ」
「使うというか、柳って絵になるからさ。写真部としてはそれを切り取って残しておきたいっていうか。桜の舞う窓を背景に本を読む文学少年って構図が」

が捲したてるように話すのを途中で遮り、席を立つ。正面から見下ろすようにすれば、彼女はバツが悪そうに目を逸らした。

「本音は?」
「……テニス部の写真って高値で売れるのよね」
「肖像権」
「わかるわかるわかる、言いたいことはわかる。柳の主張したいことはめちゃくちゃわかる。でもよく考えてみて?奥ゆかしいじゃないの、片想いの彼の写真を手帳に挟み込む女の子なんて今時なかなかいないよ?それがこの立海には溢れてる!」

人気のあるテニス部員たちの写真は裏で高値で取引されている、なんてことはもうとっくにわかっている。部員たちも諦めているし、どこかステータスのように感じている人間もいる。それこそ彼女の言うように、片想いの相手の写真を手帳に挟み込むなんて可愛いじゃないか、と幸村などは言うし、ほとんど黙認状態だ。けれど、改めて反省する気もない流通元を目の前にすると、少し意地悪な言い方もしたくもなる。一枚一枚の値段は高校生がお小遣いで買えるような値段だが、全て合わせれば彼女は結構な額を手にしているはずだ。

「溢れているなら希少価値としては下がるな。それで、お前は盗撮で今までいくら儲けたんだ?」
「儲けてなんて!写真部の経費にする程度で、ちょっと良いカメラを買ったくらいです!それに私はちゃんと許可を取る派で盗撮はしてないし!」
「どうだかな。ちょっとカメラを見せてみろ」
「良いカメラだから他人の手に渡すのはちょっと……あ、待って柳、ちょっとストップ!」

何かを言い募る彼女を無視して、その手にあるカメラを拝借する。背の低い彼女はどうやったって、柳が掲げる手の高さには届かない。

「デジタル一眼レフか。映り具合を即座にチェックできていいな?お前いつもはデジカメじゃないだろう?こういう写真だけはこっちを使っているのか。俺たちと、バスケ部にサッカー部、陸上部のエースもだな。先程の俺の写真もちゃっかり撮っているな。まだ許可を出した覚えはないが?」

柳がチラ、と下を見遣ると、なんとかカメラを取り戻そうとジタバタしていた彼女は、再び大人しくなって目を逸らした。どうやら全てを見られて観念したらしい。

「許可はこれから取ろうとですね……」
「つまり後付けだろう。それでよく盗撮じゃないなどと言えたものだ」
「でもよく撮れてるでしょ!?」

彼女の言い分には毎度呆れるが、それでもやはりよく撮れている、と言わざるを得ない。全く、と柳は溜息を吐いた。

「……弦一郎にはバレないようにしておけよ」
「わーん、柳ったらやさしー!」
「その代わり、他校の偵察業務、頼むぞ」
「まっかせてよ!バッチリ撮ってきてあげる!」

毎度毎度こんなやりとりをしては彼女を見逃してしまうのだが、それには理由がある。機材に使う金の問題もあるのだろうが、立海テニス部の偵察班よりも、の方がより良い映像を撮ってくるのだ。だからこそ、柳もずっと彼女の盗撮を黙認していた。あれでも昔はもう少し慎ましかったはずなのだが、立海中等部に入学してからもう数年の付き合いで、最近は文句を言う人間も少ないためか、箍が外れかけている。このままだと、真田あたりの堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題ではなかろうか、と思うのだが。
部室に入ってみれば、早速この前撮られた写真がそこに並んでいる。幸村が笑顔でその写真をヒラヒラと振っているのを見て、ガクッと肩の力が抜けるのを感じた。

「ねぇ、蓮二見た?この写真、とってもよく撮れてる」
「……どこで手に入れたんだ」

答えはわかりきっていることだが一応聞いてみる。流出元には改めて苦言を呈しておかなければならない。

さんがくれたんだよ。ほら、俺の写真もあるよ。真田のやつも」
「あいつが撮るとよりイケメンに映るよな!俺のもあるぜぃ!」

丸井も自分の写真をチラつかせながら笑う。確かに、そこに写っている丸井は普段の五割増しくらいの姿だが。

「お前たち、自分の写真を貰ってるのか?」
「それが撮るときの条件だもの。俺はレギュラー全員のよく撮れた写真だけを貰うようにしてる」
「そうそう。俺は自分のやつだけだけど。仁王とか赤也とかジャッカルも自分の写真貰ってるぜ!あとはまあ、いろいろお願い聞いてもらったりな」

なかなか自分の写真なんて撮ることないしね、と言う幸村に丸井も頷く。なるほど、お願いを聞いてもらっていたのは自分だけではないらしい。どうやら写真を撮る代わりにそれぞれと取引をした上での黙認のようだ。ならば真田の方もおそらく問題はないのだろうが。

「蓮二は、他校の偵察をお願いしてるんだよね?」
「ああ」

もったいない、自分の写真くらい貰えばいいのに。そう言って笑う幸村に、桜の写真を手渡される。全く本当に、よく撮れている。その写真を眺めているうちに、呈するつもりだった苦言は頭の中で霧散してしまった。

「お前、他の連中にはどうやって写真撮影の交渉をしているんだ。弦一郎なんか、特に乗ってきそうにないが」

から他校の試合の偵察ビデオを受け取りながら、柳は先日疑問に思ったことをぶつけてみた。幸村や丸井や他の連中は、写真を受け取ることで彼女の行為を黙認しているというのはわかった。だが、頭の固いチームメイトに関してはどんな取引を提案したのやら、さっぱり見当がつかない。はきょとんと首を傾げる。

「えー?自分の写真をあげたり、あとはチームメイトの写真欲しいって言われたりとか、気になる子の写真を撮ってあげたり?あ、誰かは言わないよ!守秘義務があるからね!真田は……これは言ってもいいか。おばあちゃんの綺麗な写真が撮りたいって言うから撮ってあげたんだよね」
「ああ、なるほどな。確かにあいつが頼みそうだ」

これ、と見せられたアルバムを覗き込む。わざわざ家にお邪魔して撮ったという彼の祖母の写真は、それを頼む価値があるくらいにはいいものだった。その写真と引き換えになら、彼が彼女の盗撮を黙認しているのも頷ける。

「柳も何かあれば言ってよ。他校偵察でもいいけどさ」
「……なら、同じ数だけ、お前の写真を撮らせてくれ」
「え?私?」

ふと思いついた提案だったが、大きく見開かれた目に動揺が浮かんだのを見て、柳は笑みを深めた。どうやら、思ったよりも面白いことになりそうだ。

休み時間の喧騒の中、小さなシャッターの音に振り返ると、人影はなかった。だが気のせいではないだろう。柳は静かに席を立ち、廊下へと走る。そして、隣のクラスへと逃げ込もうとする彼女の肩に手を置いた。ビクッと身を竦めたは、なんでもない顔を装って振り向いたが、目が泳いでいる。

「あれ?柳、どうしたの?奇遇だねぇ」
「おい、盗撮魔。何枚撮った?」

問答無用で問い詰めれば、彼女は意外にもあっさりと口を割った。隠し事は向かないタイプだ。

「柳ったら絵になるんだもん!夕陽の透けるレースと柳の静かな面差しって似合いすぎるでしょ!?わかってて窓際の席にいるの!?」
「座席はくじ引きだ。ほら、カメラを寄越せ。十枚だな。連続でシャッターを切ってるのか?」
「一番いい一瞬を切り取りたくて……」

相変わらず、写真の腕だけは良い。だが、取引は取引。約束は約束だ。カメラを返して、スマホを構える。

「よし、連続十枚だ。こっちを向け」
「え?ちょ、ま、は、恥ずかしい!!」
「なるほど。状況を理解して徐々に赤くなっていく辺りなどが、なかなか面白みがあるな?連続でシャッターを切る意味が少しわかった」
「ドエスか!?でもそんな顔の写真も需要ありそう!!」
「撮っても構わんが、同じ数だけお前も撮るぞ」
「ドエス!!」

彼女がカメラを手に葛藤する様を眺めるのは、苦言を呈するよりも余程面白い。結局欲望に負けてシャッターを切っていたので、同じ数だけこちらも撮ってやることにした。動揺して眉を下げ、目を逸らして赤くなる。良い写真とは程遠いが、なかなかに面白いものが撮れた。

「ていうかスマホ!校内では使用禁止なのに見つかってもいいの!?」
「ああ。俺は優等生で通っているからな。多少の校則違反には目を瞑ってもらえる。大体裏でこそこそ写真を売ってるやつに校則のことを言われたくないな」
「私だって成績上は優等生で通ってるよ!!」

そんな言い合いをするのも日常になって、以前よりもずっと、彼女と話すことは多くなった。テニスの試合会場にも、もちろんの姿はある。試合中の、本気でテニスをしている写真が一番需要があるのだそうだ。試合が終わって会場を出ると、彼女がカメラを手に待っていた。約束は律儀に守るつもりらしい。

「柳、写真」
「もう撮ってるだろう?」
「撮ってるけど!試合中の写真なんか誰でも撮ってるじゃん!ちゃんと許可取りに来たんだから、これくらい大目に……」
「かなり撮ったな。何枚だ、これは」
「えーっと……ちょっと数え切れない……。ブレて使えないやつもあると思うけど、百枚くらい?」

流石に百枚は無理だろう、との顔に書いてある。その程度で引き下がるとでも思っているのだろうか。まあ、試合中の選手と違って、動きのない彼女を一気に百枚撮っても面白くはなさそうだが。

「百枚か。毎日十枚ずつ撮れば二週間ほどだな」
「分割してまで百枚撮るの!?私の写真なんか撮っても面白くもないでしょ!?」
「変な写真が撮れたらいつか何かで役立つだろう?」
「脅しに使う気!?」

脅される覚えがありすぎる、と頭を抱える彼女にスマホを向ける。そのまま撮ってもなかなかに面白い構図だ。こっそりと音が鳴らないように、一枚先に撮っておく。

「とりあえず今日の十枚だ。ポーズでも取るか?」
「ええ……恥ずかしい……」
「人のことは散々撮っておいてそれか」
「撮り慣れてはいるけど撮られ慣れてはないの!」

そう言って顔を背けようとする彼女を十枚カメラに収めるが、やはり最初の一枚以外は同じようなものばかりが並んでしまう。

「同じような写真ばかりになるとやはり面白くないな。これからは気付かれないように撮るとしよう」
「私が隠し撮りっぽくなるのもわかるでしょ?てかデータフォルダの無駄遣いすぎない?」
「っぽいではなく、事実そうだろう。他校のデータの合間に息抜きの半目写真があるのも面白い」
「半目だったの!?」

取引は取引。約束は約束。十枚は十枚だ。消して消して、と騒ぐ彼女の声は聞かなかったことにした。

それからが柳の目の前に現れる頻度は極端に減った。現れたら撮られるとでも思っているのだろう。甘い。彼女は普段自分がやっていることを忘れているのだろうか。現れなくても撮るに決まっている。放課後、練習終わりにノートを忘れたことに気付いて教室まで戻ると、隣のクラスに人影を見つけた。だ。一体こんな時間まで何をやっているのか。こちらに気付いた様子もなく、窓の外をぼんやりと見つめる横顔にピントを合わせる。シャッターを押すと、音に気付いた彼女が慌てた様子でこちらを向いた。

「柳、今撮ったの!?変な顔してなかった!?」
「……変な顔、と言えば変な顔だな」
「目瞑った気がするし、最悪〜!せめて撮り直して!」

目は瞑っていないが、変な顔と言えば、変な顔だ。いつも表情がくるくるとよく変わる彼女らしくない、どこか物悲しげな横顔。それを消す振りをして、柳はもう一度彼女にスマホを向ける。そこに写る彼女は、既にいつも通りの顔をしていた。

「撮り直してやるから、せめて笑ってみたらどうだ」
「撮られるって身構えると上手く笑えないんだよ!」
「ふむ。そんなものか?」
「そうだよ。だから勝手に撮ってる私の写真は自然な笑顔が多いわけ」
「お前が隠し撮りしている写真のことか」
「人聞きが悪い!!」

隠し撮りを認めるわけではないが、その方が自然体な写真を撮れるのは事実なのだろう。柳だけではなく、幸村に見せてもらったチームメイトたちの写真を見てもそれはよくわかる。彼女は得意げな顔で、机の中から取り出したアルバムを開いた。いつも撮った写真は部活ごとや行事ごとに分けてアルバムに入れているらしい。

「ほら、この真田の笑顔写真とか貴重なんだよ?」
「ほう、高値がつきそうだな」
「そうそう、これは特に欲しがる人が多くてねって違う!そんな話がしたいんじゃない!」

全くもう、と言いながらが席を立った拍子に、机の上に置いてあった手帳が落ちた。

「……おい、手帳落としたぞ」
「え」
「これ……」

落ちた瞬間、たまたま開いてしまったらしい手帳のカバーに、写真が挟まっているのが目に留まる。それは試合中の柳の写真だった。いつ撮った写真なのかはよくわからない。汗を流れるままにして、ただボールに向かう。躍動感と試合中の緊張感は伝わってくる。試合中の写真が一番人気だと、はよく言っていたけれど。その下には、いつかの桜の写真も一緒に挟まっている。

『でもよく考えてみて?奥ゆかしいじゃないの、片想いの彼の写真を手帳に挟み込む女の子なんて今時なかなかいないよ?それがこの立海には溢れてる!』

あの日の彼女の言葉が、今更鮮明に柳の脳裏に浮かんでくる。いや、まさかな。同時に浮かんできた予想を、即座に頭の中で否定した。彼女はそんな素振りなど一度も見せたことはない。隠し事は向かないタイプののことだ。どうせ他の生徒に頼まれた写真をたまたま入れていただけなのだろう。そう思ったが、彼女の反応は柳の予想を超えていた。引ったくるようにして手帳を抱きかかえたの顔はどこからどう見ても真っ青で、今にも泣き出しそうな目をしていた。そんな顔は、見たことがない。

「ちが、これは他の子に頼まれてるやつをたまたま挟んでただけで……とにかく違うから!」

柳の予想と一言一句違わぬことを、予想とは全く違う声で言いながら走り去っていく後ろ姿に、嘘だろう、と呟く。彼女はそんな素振りなど、一度も見せたことがなかったというのに。あの表情を見ても、あの声を聞いても、彼女の言葉をそのまま鵜呑みにできるほど、柳とて鈍くはなかった。

それからは全く姿を見せなくなった。話をしようにも、柳の姿を認めるや否や、凄い速さで逃げ出していく。脱兎の如く、というのはこういうことを言うのだろう。本気で追いかければ捕まえられないこともないが、人目のある場所で彼女を捕まえたところで、本音が聞けるとは思えなかった。仕方がない。最終手段として、柳は写真部の部室の前で待ち伏せることにした。暗室が必要になる写真部の部室は校内の中でも薄暗い場所にあり、幽霊部員ばかりで日頃から活動しているのは彼女一人だ。案の定、彼女はこそこそと隠れるようにしながら部室前までやって来て、柳の姿を目に留めた瞬間、踵を返した。だが、ここまで来て逃がす訳がない。彼女が走り出す前に、その腕を捕まえる。

「おい、盗撮魔。逃げてばかりだな、お前は」
「や、柳……今日は撮ってないでしょ」
「ああ。だがまだお前の写真が百枚に届いていない」

柳の言葉に、彼女は僅かに苦笑して俯いた。背の低い彼女が俯いてしまえば、その表情を柳が窺い知ることはできない。けれどきっとまた、泣きそうな顔をしているのだろう。

「そんな写真なんか……柳には必要ないでしょ。でも私にはいるんだよ。皆の気持ちもわかるよ。せめて写真だけでも持っていたいって。そういうの、柳にはわからないでしょ?」
「わかる、といったらどうする?」
「え……?」

まさかな、と思った。そうして、淡い期待をしそうになった心にストップをかけた。その想いがいつからなのか、柳にもわからない。けれど話すたびに、くるくるとよく変わる表情や、真剣にカメラに目を向ける彼女の姿に惹かれるようになった。他の男にそのレンズが向けられれば、面白くなかった。柳の想いに全く気付く様子もない彼女に勝手に苛立って、つい意地悪なことを言ってしまったこともある。自分がそんな小学生男子のような格好悪い真似をするなんて、彼女に惹かれる前には想像もしなかった。他の部員が気になる相手の写真を貰ったりしていることを知ったときには、少しだけ羨ましくも思った。彼女自身に、彼女の写真が欲しいとは言えば、それは告白しているようなものだ。そんなことは頼めるはずもなかったから、代わりに自分で彼女の写真を撮ることにした。けれど。

「俺は、写真だけでもとは思わない。もちろん、お前の写真がいらないわけではないが」

が弾かれたように顔を上げる。やはり泣きそうな顔をしていた。目が潤んでいる。けれど、それが零れることはないだろう。彼女の腕を捕まえているのとは反対の手で、スマホのカメラを操作する。

「それって……」
「うん、いいな。百枚目にはぴったりだ」
「え、今撮ったの!?ていうかもう百枚目なの!?いつ撮ってた!?」

またいつものように忙しなく表情を変える。いつ撮っていたかは、これからゆっくりと教えてやろう。おそらく期待通りの反応を、彼女はしてくれるだろう。

「ほら見ろ。いい表情だろう?」

潤んだ目に希望が入り混じって輝いている彼女の写真は、しばらく待受にすることにした。それについてはその後テニス部のレギュラーに冷やかされ、彼女が大層怒ったので今は違う写真になっている。

シャッターを切る音がした。振り返れば、彼女がしてやったりという顔で笑っている。だから、してやられた、という表情で返してやった。満足そうなその笑顔を、瞼の裏に刻み込む。彼女の手元に増えていく写真と同じくらい、薄れることのない思い出として、彼女の記憶が増えていく。

「柳、写真撮らなくなったね」
「心配せずとも、お前の気付かないときに撮っている」
「と、盗撮……!」
「お前がそれを言うのか。おかげでアルバムもデータも飽和状態だ。眺めて過ごせば老後も暇をせずに済みそうだぞ」
「柳って恥ずかしいこと平気で言うよね……」
「俺は恥ずかしいとは思っていないからな」

相変わらず彼女は撮る方は慣れているけれど、撮られる方は慣れていない。それでも二人で写ることは随分と多くなった。カメラに向けるよりも、柳自身に向ける表情の方がずっと柔らかい。その表情を、記憶に刻む。誰にも見せることはない。それを知っているのは、自分だけでいい。





(2018/9/25)