この声が届く精一杯




部活の連中と初詣に行ってくる、なんて、別につかなくてもいいような嘘をついて、午後10時半に家を出る。大晦日。宮城の冷え込みは半端ではない。ジャケットの前をしっかりと上まで閉めて、花巻は身を縮めて歩き出した。昨夜から降り続いた雪はちょうど止んで、足元には白雪が積もっている。途中に同じく初詣に向かうらしい人々とすれ違う。家族、友達、そして恋人。その中に自分も含まれるのかと思うと、妙に気恥ずかしい思いに駆られた。通い慣れた公園が見えてくる段になって、携帯を取り出す。

『もうすぐ着く』

すぐに既読になったそのメッセージには、可愛らしいスタンプでOKが返ってきた。全然そうは見えないくせに、意外と可愛いものが好きなことを、花巻は知っている。友人には似合わないと言われるから、いつもシンプルな小物を使っているけれど、たまに二人で出掛けるときに彼女が店で手に取るものは、可愛い色や花や動物モチーフのものが多い。気にしなくていいのにと花巻は思うが、そうやって自分の前でだけ素直に好きなものを手に取ってくれるのは嬉しかった。そんなことを考えながら、家が見えるところまで歩いていると、慌てた様子の彼女が門扉から飛び出してくる。

「お、そんな慌てなくていいのに」
「あ、慌ててない。それより、早く行こっ!」

言うが早いか、彼女は花巻の腕を掴んで、ぐいぐいと歩き出す。角を曲がったところで、後ろを確認して、彼女はようやく息をついた。

「なに、どしたの」
「いや……あの、お母さんが」
「え?うん」
「誰と行くのって言うから……言ったら、見るって聞かなくて」
「……なんて言ったわけ」
「……か……彼氏と、行くって……」

目を逸らして真っ赤になる彼女を見て、花巻は内心で頭を抱えた。彼女はこんなに可愛かっただろうか。岩泉を好きだった頃の彼女も、恋愛相談する中で照れたりすることはあったが、こんな心臓を鷲掴みにされるような破壊力はなかったはずだ。恋人歴より、友人歴の方がまだずっと長い。けれど、少しずつでも、二人の距離は着実に近付いている。自然と腕を組んだままでいることに、彼女は気付いているのかいないのかわからないが。

「お前、そんなスカートで寒くないの」
「寒いよ、ばかじゃない?」
「ひどくね?!」
「……可愛いとか……言えないわけ?」
「ごめんめっちゃ可愛い」
「許す」

目が合った瞬間に、どちらともなく笑ってしまう。こんなくだらないやりとりでさえ愛おしい。

「じゃあ寒いの我慢して可愛くしてくれてるちゃんに、これをあげよう」
「ホッカイロだ。でもいいの?貴大のは?」
「こっちのポケットにもう一個入ってるから。そんでこっちの手は、これでいいだろ?」

反対側の手にホッカイロを渡して、もう片方の手を繋ぐ。

「……うん、あったかい」

神社に近づくにつれ、人が増えてきた。ちらほらと見知った級友の顔も見える。甘酒を配ったりしているところを通り過ぎ、参道の列へと入るが、ちっとも進む気配はない。人が増えた分だけ、心持ちあたたかくなったような気もするが、手は相変わらず握られたままだ。

「人多いなー」
「まあ初詣だしね」
「お願いごと決めてんの?」
「秘密」

石造りの参道は雪が積もって滑りやすい。あちこちでお互い滑りかけながら進んでいく。受験生が滑って転んでは洒落にならないと二人で笑った。だんだんと参拝が進んでいく中、時計は零時に近付いていく。去年、花巻は部活のメンバーと初詣にやってきて、全国出場祈願をして。ついでに、この片想いに決着がつくようにと願った。結局全国の夢は叶わなかったけれど、ついでに願った片想いは、願ってもない形で実を結んだ。零時になろうかという瞬間、花巻は強く手を握る。彼女が花巻の方へと目を向けた。

「好きだ」

人々の大きな歓声。ハッピーニューイヤー、あけましておめでとう、和洋様々な祝いの声が響く中で、彼女は小さく俯いた。ちゃんと声は届いたらしい。耳まで赤くなる彼女に笑みが零れる。そういう照れ屋なところも、可愛らしい。俯いた彼女の手を引いて、歩き出す。ようやく参拝の順番がやってきた。

「二礼二拍手一礼だっけ?」
「そうそう。二礼した後にお賽銭」
「そんで鐘?」

手順を確認して、二人で一歩前に出る。小さく二礼、お賽銭を投じて、鐘を鳴らす。二回手を打って、今年の祈願をする。花巻が隣をちらりと見やると、彼女は真剣な様子で手を合わせていた。それを見て、花巻も真剣に願う。どうか、この先も二人でいられますように、来年も二人でここに来れますように。二人で顔を上げ、一礼をして列から外れた。

「貴大は、何お願いしたの」
「内緒」
「……そっか。あ、おみくじある」
「お、引こうぜ」

人が多く賑わっている一角に、たくさんのおみくじ用の箱が置いてある。これだけあるとご利益も何もあったようなものではないように思えるが、それでも毎年引いてしまう。運試しみたいなものだろう。去年のおみくじはなんだっただろうか。確か、そんなによくなかった。待ち人のところには、来ると書かれていた気がするが。

「あ、大吉」
「まじ?俺末吉」
「わかる、貴大ってそんな感じする」
「どういう意味だよ、こら」

末吉。待ち人、近くにあり。恋愛、良し。手を離すな。勉学は散々なことが書いてあるが、彼女の手を離さなければよいと言うのなら、離すつもりは全くない。花巻としては、わりと良い結果だ。彼女の方にはなんと書いてあるのか見えなかったけれど、大吉というからには、良いことが書いてあったのだろう。

「俺結んでくるけど、お前は?」
「私はいいや」
「良いおみくじって持ってた方がいいんだっけ?」
「うん、だから甘酒貰って待ってる」
「わかった。じゃあそっちで待ってて」

茶髪に少しきつめの顔立ちをしているので、普段学校ではそんなにモテる話は聞かないが、白っぽいコーディネートにスカートで化粧も少し濃い目の今日はいつもの五割増しで可愛く見える。そんな彼女を放っていくのは些か不安ではあったけれど、こんな人の多い場所で無理にナンパする輩もいないだろうし、彼女がその辺のナンパについていくはずもない。そういうところは信頼している。その辺のナンパじゃなかったときが、若干心配なのだけれど。



*****



「あれ?マッキー?さんときたの?」
「及川……」

人混みの中に、見知った姿を見つけて声をかける。ひどく警戒を露わにした目は、周囲へと向けられた。ああ、なるほど。彼がいないかどうかが気になるのか。及川は理解して苦笑した。

「俺は岩ちゃんときたんだー。今年はまっつんにも断られちゃって」
「岩泉は?」
「いやぁ、はぐれちゃってさぁ」
「置いて帰られただけじゃねぇの」
「ひどいっ!」

しかし、女の子に声をかけられている間に姿を消してしまって、連絡しても一向に既読のつかない岩泉のLINEを見つめていると、既に帰っているという説が重みを増してくる。それはそれで、お互いにそんなことで今更気にするような間柄でもないし、岩ちゃんひどい、と嘆く真似はするが、引きずることでもない。だが、目の前の彼は不安ではないのだろうか。つい最近まで、及川の安い挑発にさえ乗ってしまうくらい、余裕がなかったのに。

「マッキーさ、心配じゃないの」
「何が」
「岩ちゃんとさんが会ってるんじゃないかとか、さ」
「……会ったって、今更変わらねぇし」
「信頼してんだねぇ」

この短期間で、二人の間ではちゃんと気持ちが交わされたようだった。岩泉と彼女が会ったら、岩泉を好きだった気持ちがぶり返すのではないか。そんな心配を、もうする必要がないくらい。あんなに真剣に岩泉を好きだった彼女だから、きっと、同じくらい真剣に、花巻のことも好きなのだろう。そして、花巻も、それと同じくらい真剣に彼女のことが好きなのだ。手元の携帯が、ようやく既読と新着メッセージが来たことを告げる。どうやら、彼はまだ神社の近くにはいるらしい。

「じゃあね、マッキー。俺も岩ちゃん探すよ」
「……おぅ」

人混みの方へと真っ直ぐ駆けていく後ろ姿に、及川はそっと呟いた。

「羨ましいなぁ……」



*****



!!」
「貴大?!」

彼女が待っているはずの方へと戻ると、彼女がふらふらと花巻の名前を呼びながら人混みから外れようとしていた。その手を捕まえて、引き寄せる。彼女は思わぬ方向から花巻が現れたことに驚いたらしく、目を瞬いていた。

「あっちに貴大と似てる人がいたから呼びかけてたんだけど……間違えちゃったみたいだね。恥ずかしい」
「俺がの声に気付かないとかないから」

どんなに離れても、声が聞こえれば気付く自信がある。その前に、きっとどんな人混みの中でも彼女を見失うことはない。掴んだ腕からチャリという音が聞こえて目をやると、花巻がクリスマスにあげた花のブレスレットが輝いていた。

「それ」
「似合う?」
「すげー可愛いけど?」
「そんなこと言うの貴大だけだよ……」

軽口で可愛いなんて言わせるくせに、不意打ちで言われるのには弱い。可愛いものが好きなのに、自分に似合わないからと諦める強がりの意地っ張り。そういうところが、可愛いと思う。

「……とりあえず、離れんなよ」
「うん」

手を引いて、行きで通った道を帰る。深夜の道はまだ、花巻たちのように寒さに震えながら帰りを急ぐ参拝客で賑わっている。その人々の向こうに、及川と岩泉の後ろ姿も見えた気がした。そっちに気をとられそうになると、彼女が手に力を込める。

「貴大ってさ、嘘つきだよね」
「え?」
「ホッカイロ、二個持ってるって嘘だったんでしょ?手、冷たいもん」

バレてた。彼女の前だと、どんなにかっこつけても全く上手くいかない。かっこわるい。でも、そんなところも好きだと、彼女は言うから。

「来年も、貴大と一緒に来たいな」
「……うん」

いつになく素直な彼女の手をしっかりと握る。その手は、とても温かかった。

『待ち人 すでにあり、素直が吉』





(2015/6/8)