月島の迷惑




月島は合宿開始早々、木兎に捕まっていた。それも練習に付き合わされるのかと思えば、全く違う。音駒に臨時マネージャーが入っていたことは月島も気付いていたが、それだけだった。特に興味の対象ではない。そんな彼女に、木兎が惚れているのだという。というか、普段接することもほとんどない、しかも一年生に、恋愛のアドバイスを求めるというのはどういうことだろう。赤葦の方がよっぽどちゃんとしたアドバイスをくれそうなのに。ちら、と赤葦を見やれば、彼は遠い目をして俯いた。ああ、もう随分と相談を受けた後なんですね、とそれだけで察するくらいには月島も聡い。

「でさー!ツッキーどう思う?」
「どう思うって……普通にいいんじゃないですか?」

木兎の相談を右から左へ聞き流しながら適当に相槌を打つ。山口の呼ぶあだ名が、どうしてか彼らに浸透してしまい、他校の先輩の方が何故か親しげという謎の状況が作り上げられている空間。しかし居心地は不思議と悪くない。バレーをしていれば、の話だが。

「いやいや、待ってツッキー。ツッキーが同じ状況ならどうするのかってことが聞きたいわけよ。好きな子が合宿にいたらどうアプローチするかって」

黒尾が横やりを入れる。その口元がニヤニヤした笑みを形取っていることから、彼がこの状況を楽しんでいることがわかる。まあ少し面白いというのは、わからんでもない。それがどちらも自分の知り合いとなれば余計なのだろう。月島はめんどくさいと思いつつも、その状況を頭に描いた。

「僕なら……基本的には何もしないでしょうね」
「ええーツッキー草食系ー」
「黒尾さん黙ってください。何もなかったら何もしないですけど、その人が困ってるのに遭遇したら、助けたりとか。重いもの持ってたら手伝ったりとか、いろいろあるでしょう」
「なるほどな!」
「それで、ある程度親しくなるまでは何もないのに無闇に話しかけに行ったりしないですね」
「まじか。その方がいいの?」
「これはあくまで僕の場合ですから。木兎さんの場合は違ってもいいんじゃないですか?」
「そっかー。てかもうある程度親しいんじゃね!?」
「いや、待て木兎。そこまでいってねぇから多分」
「まじか」

男四人で顔を突き合わせた第三体育館会議。しかもバレーの話じゃなく恋バナ。赤葦などは顔が死んでいる。黒尾はその場を楽しんでいそうだが、赤葦は毎日毎日こんな相談を受けて頭を抱えているのだろう。おそらく時には木兎を宥めて暴走するのを止めながら。部活だけではなく、自分の気力を削って私生活もサポートする赤葦に、月島は同情した。確かに試合中でさえ浮き沈みの激しい木兎がフラれれば、バレーにも多少影響しそうだ。梟谷の勝利のためにそこまで、と滅多に動かない尊敬の感情もプラスされる。

「とにかく、今は練習しません?僕、わざわざ宮城から来てるんですよー」
「おおっ、ツッキーの口から自主練しようなんて言葉が……!お母さん感動!」
「お父さんも涙出そうだぜ!」
「黒尾さんと木兎さんに育てられた覚えは全くないんですが」

芝居がかった様子で軽口を交わす二人に呆れながらも、立ち上がってくれたことに安堵する。赤葦も月島に対して感謝の視線を送ってくれる。バレーボールを手に、ようやく第三体育館にシューズの音が響き始めた。


*****


翌日、月島は休憩時間に早速ドリンクをケースで運んでいる音駒のマネージャーを見かけた。ちょうど試合の終わったらしい木兎へ目線をやり、口パクと指で彼女を示せば、彼は一目散に走っていく。

ちゃん!俺持つぜ!」
「え、木兎くん?あ、ありがと……でも疲れてるでしょ?大丈夫だよこれくらいー」
「大丈夫大丈夫!俺体力だけは有り余ってるから!」

あれ、これは案外いい感じなんじゃないか。月島は思った。暑さで上気しているだけの可能性も捨てきれないが、彼女も少し頬を染めてるし、木兎の言葉も爽やか笑顔も本心からのものだから不自然ではない。確かに何か困っていたら助けたりするのが親しくなる近道だとは言ったが、木兎は元々そういうのを放っておかないタイプだろう。親しくなろうという下心ではなく、本心から一人で重いものを運ぶ女の子の力になりたいと思っているのだ。彼女が重そうに持っていたドリンクケースも、木兎が運べば軽そうに見える。力強いっていうのもポイント高いな、と月島は小さく独りごちた。

「わかるわかるーツッキー腕細いもんなー」
「……黒尾さんウチのベンチに自然と潜り込まないでくれます?あと僕は成長期なんで」
「やだ、ツッキーったら薄情者」
「ていうか、あれ。あの人たち、別に僕たちが口出さなくてもくっつくんじゃないですか?」
「甘いね、ツッキー」

凍らせたポカリが溶け始めたとこより甘い、と妙な例えを交えながら、黒尾は大袈裟に溜息を吐く。音駒のマネージャーは黒尾が連れてきたと言っていた。それなりに親しいのだろう。彼女を評する黒尾の言葉には、なんというか、容赦がない。

はなー、猫被ってっけど、ほぼ男だぞ。男友達ほとんどが気を抜けばあいつのこと男と勘違いしちまうくらいにな」
「どういう……」
「そもそも色気がない、胸もあるかないかわかんねーし、くびれもない。スカートの下スパッツだし。あとは遊び方が男なんだよなー。猥談にも参加するし、男子の恋バナを受けて仲を取り持つことも少なくない。男相手に喧嘩もするし手も早いしサバサバしてるし、運動神経はいいから、休み時間は男子の野球やサッカーにも混じるしなー」
「へー、でも木兎さんには合いそうですね」
「まあな。でも!三年間、男に女として見られることが全くなかった結果、あいつはどうなってると思う?」
「え、さあ……?」
「男が自分を女として見てるなんて一切思わなくなってんだよ!さらに好意を向けてるなんてこれっぽっちも思ってない!」
「……じゃあもういっそ、告白して意識させればいいんじゃないですか?」
「それじゃ面白くねーじゃん?」

ニコニコ笑ったままそう言い放った黒尾はやはり性格が悪い、と月島は眉を寄せる。

「黒尾さん、楽しんでますよね」
「うん、めっちゃ楽しい。まあでも、これでも木兎にはちゃんとアドバイスしてやってんのよ?赤葦も上手くいってほしいみたいだし」
「そりゃ、うっかりフラれたら赤葦さんの苦労が無駄に増えそうじゃないですか」

アドバイスが実を結ぶかは別として、彼女の近くにいる黒尾が協力者というのは一応心強いのだろう。月島は赤葦のように毎日木兎と顔を合わせるわけではない。せいぜい一週間かそこらだ。だが、赤葦は毎日木兎のために要らぬ気を回さなければならない。そこに黒尾が相談役としていてくれれば、多少なりとも赤葦の負担は軽減される。月島は顎に手をやって、考えを巡らせた。木兎がドリンクを運び終わると、彼女がそれを部員に配る。そして最後の一本を手に、二人でキョロキョロし始めた。おそらく黒尾を探している。

「黒尾さん、向こうのベンチで探してますよ」
「お、ほんとだ。じゃ、そろそろ行くかな。ツッキードリンクさんきゅー」
「待ってください僕まだ飲んでないんですけど、これ空ですよね?」

さりげなくベンチに空のボトルを置いて去ろうとする黒尾の腕を掴む。さっきからどうも見覚えのあるボトルを持っていると思っていた。まさかそれが自分のボトルだとは思わなかったが。

「なにしてんですか?」

笑顔で問えば、黒尾は「俺の飲んでイイヨ…」と力ない声で口にした。当然である。二人で音駒のベンチまで行くと、木兎と彼女が仲良く並んで座っていた。

「お、黒尾オカエリー!」
「ただいまーってお前はウチじゃねーだろ」
「いいじゃんいいじゃん。あれ?なんでツッキー?」
「黒尾さんにドリンク取られたんで。黒尾さんの貰いに来ました」
「ええ?ちょっと黒尾!他校の子に迷惑かけないでよ!私が遅かったのは悪かったけどさ!」
「ああ、いいですよ、このくらい」

ドリンクを受け取って、二人を眺める。なんだ、思ったよりは全然いい感じじゃないか。確かに、なんというか木兎も黒尾も男として意識されてないような気はするけれど。距離感というべきか。ものすごく、ただの友達オーラが溢れている。

ちゃん、困ったらなんでも言えよ!俺全然手伝うし!」
「木兎くんめっちゃ優しいね!でも大丈夫だよ!私体力あるし!」
「そうそう木兎ほっとけって。こいつならそんなすぐ困らねーよ」
「なんかマネージャー頼んできた人とは思えない言葉が聞こえた気がするんだけど、気のせいかな?」
「気のせい気のせい」
「黒尾お前ひでぇやつだな」

ああ、これは確かに、少し厄介かもしれない。なんとなくだが、黒尾を交えて話すことで余計に友達度が増しているのではないだろうか。ドリンクを飲み干してボトルを返す。なんだかモヤモヤしていろいろと聞いてみたい気もしたが、モヤモヤの正体が何かもよくわからないまま、首を突っ込んでまためんどくさいことに巻き込まれても敵わない。
合宿が終わり、帰りのバスになって、月島はようやくひとつなんだか引っかかっていたことに気が付いた。

『赤葦も上手くいってほしいみたいだし』

黒尾の言葉。別に普通だ。事実その通りなのだから。しかし、どちらも友人である黒尾こそ、上手くいってほしいと思うものではないのだろうか。普通に木兎にアドバイスもしているようだし、考えすぎだとは思うけれど。とにかく上手くいくにせよ、いかないにせよ、今回のように巻き込まれないことを願うばかりだ。





(2015/5/31)